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速攻レポート・新さすらい放浪記・・・「フィンランドの力道山」
- 2010-02-23 (火)
- 新・さすらい放浪記
●2010年2月18日(現地時間19日)、成田→ヘルシンキ
成田からフィンランドの首都・ヘルシンキへ出発。
直行便で約10時間の飛行。
機内でアレコレ雑事をこなしていたらアッという間に到着。
ほとんどの乗客にとってヘルシンキは他の欧州諸国への経由地らしく、そこで降りる人はごく僅かであった。
荷物を受け取り出口へ。

フィンランド語(英語でフィニッシュという)が話せない俺と、運転手さんの間に当然会話はなかった・・・ちなみにスターバックはネイティブ英語野郎である
空を見上げると快晴。
思ったほど寒くはない。
で・・・誰も迎えに来ていないではないか。
ま、「迎えにいきます」とは聞いていなかったので、事前にもらったホテルの情報を頼りにタクシーで市街へ向かう。
ホテルに着くと、いましたいました。
フィンランド・プロレス界の開祖にしてプロモーター兼エースのStarBuck選手。
今回の対戦相手でもある。
T「ユージーンに似ていますな」
S「いや、自分ではどちらかというとHHHだと思っている」

エミリオ・チャレスJrという噂もあるスターバック。ちなみに「生まれて一度もコーヒーを飲んだことがない」(実話らしい)という出来すぎた話もしてくれた
明日からの日程などを聞き、「困ったことがあったらいつでも電話してくれ」と、ボスとしての配慮も忘れない。
明日は半日、ラジオや雑誌の取材を一緒にこなすようである。
一人になり、部屋へ。
パソコンが繋がらず残念。
そのまま横になったら寝てしまい、気がつくと夜の7時。
腹が減ったので外へ。
と・・・さきほどまでとは大違い。
寒いというか、外気が痛い。
深く呼吸すると胸が痛くなるほどの冷たい空気。

ボクは数十秒でギブアップだが、現地の人は1時間でも平気でこの寒い中を歩く
しかも道路はツルツルに凍結している。
ものの十数秒で体力がみるみる奪い取られていく感じがしたので、ホテルへ引き返しロビー横のレストランでビフテキとシーザーサラダ、赤ワインにビール二杯の晩餐を済ませる。
しかしどうやら肉が古かったのか、食後数分で腹がズンズンと痛くなり、さらには胸がムカムカ、吐きそうになり急いで部屋へ戻る。
で、便器を見下ろしたその瞬間・・・
「ゲロゲロゲエエエェェェェェェェェェ!!!!!」
夜通し、腹痛と吐き気に苦しむ。

この時点ではまだ「北欧・豪華なグルメの旅」を気取っていたのだが・・・
●2月20日・同所
夜半に10回以上目を覚ましたが、8時に起きた時にはそこそこ回復。
8時半にスターバックが迎えに来るというので身支度しロビーへ。
ラウンジで紅茶に蜂蜜を落とし一口啜ると、滋養が内臓にジワジワといきわたる漢方感覚を覚えた。
在フィンランド歴40年という通訳のサニー・ナカイさんも加わり、まずはラジオ局へ。
スターバックが運転する車の中でいろいろ質問。
以下、簡単再録。
T「フィンランドにおけるプロレスの歴史は?」
S「俺が4年前に始めたばかりだ。雪上競技などスポーツマンがリスペクトされる国なので、エンタメであるプロレスの地位はまだまだ低い」
T「これまでのキャリアを教えて」
S「フィンランド系カナダ人なので、カルガリーでプロレスを覚えた。15年前にフィンランドへやってきて、欧州各地を転戦した。4年前からこの地にプロレスを根付かせるべく団体を起こした」
T「みんなプロレス一本で食ってるの?」
S「とんでもない!俺ですらデザイン画を描いたり(日本でも売られたヨハキム・ハンセンのTシャツをデザインしたらしい)、TVコメンテーターをやったり、バンドでブルースを歌ったり、いくつもの職業で生計を立てプロレスに取り組んでいる」
T「いまの興行ペースは?」
S「だいたい月一だ。どこかビッグなスポンサーを探さなくてはいけない」
T「どこかに妖しい外国人選手を知らない?」
S「去年、アル・スノーやディーロ・ブラウンらと行ったエジプト(!!)に‘‘マヌー‘‘という妙な選手がいたなあ」

レイヴェンにKOされたラ・パルカではない
エジプト・・・いかねば。
ラジオ局に到着。
と、車椅子に乗り足をギブスで固めた骸骨のマスクマンがお出迎え。
それをスターバックが半殺しにするという、なんだかわけのわからん撮影がいきなり始まる。
スタジオへ。
それほど深くはない受け答えを15分ほど。
簡単に終了。
スターバックの声の良さと、喋りのうまさに驚いた。
その後、雑誌社へ。
日本でいえば、懐かしの「Fightin」のような隔月格闘雑誌。
インタビュアーは元フィンランド最強MMA戦士とのこと。
SMASHについても語らせていただき、小路さんの名前を出すと知っていたので嬉しかった。
昼に本日の仕事終了。
「いまから帰宅して仕込んでおくから、スターバックと晩ゴハンを食べに来なさい」と、ナカイさんが晩餐に招待してくれた。
「さっぱりとしたチキンで昼飯にするか?」というスターバックの誘いに内臓が拒絶反応を示したので、「奢るから日本食屋へいこう」と、KABUKIというジャパレスへ連れていってもらう。
月見うどん(約1500円)を注文。
やはりまだまだ調子が悪く、それすら食い残してしまった。
ちなみにスターバックは重箱に入ったランチボックスをウマそうにパクつく。
なぜか店内のいたるところに宮崎駿アニメのポスターが貼られていた。
ホテルへ戻り、寝る。
起きると午後4時。
まだ体調悪かったが、ナカイさんの家には午後5時到着予定なのでロビーへ。
もうスターバックが迎えに来ていた。
明日のショーの準備の合間を縫い、俺の面倒を見てくれているのだ。
ナカイさんの家までは35キロほどの道のり。
「日本でいえば俺の住む八王子だな、フフフ!」とひそかに考えてみた。
到着。
ナカイさんの職業はデザイナー。
住居も芸術家が住むような、なんともハイカラな造りである。
うまそうなニオイ。
日本食が何種類もこさえてある。
ごはん、味噌汁、ソバ、酢の物、シャケ・・・フィンランド特有の魚の干物なんてのもある。ビフテキもあったが、これはさすがに匂いをかいだだけでやばかったので遠慮しておく。
それにしてもスターバックのよく食うこと。
魚の干物を手で引きちぎりムシャムシャと齧りつく姿なんざ、北欧海賊を彷彿とさせるサイコーな絵だゼぇベイベー。
まだ回復していない内臓にさんざん詰め込んでしまったので、帰りの車の中、俺は相当ヤバかった。
で、「明日は3時に迎えにいく」というスターバックの言葉もそこそこに聞き流し、ホテルの部屋へ走り、便器を見下ろしたその瞬間またしても・・・
「ゲロゲロゲエエエェェェェェェェェェ!!!!!」
ゲロまみれなフィンランド。
ナカイさん、すんまっせんでした。
●2月21日・同所
夜中に何度も目を覚ましたが、その都度強引に己を眠りの世界へと引き戻したおかげで10時間ほど眠れた。
9時過ぎに起きると・・・お、かなりイケてるではないか!
現地の食いもので軽く朝飯を食ったが、もう戻しそうな気配もない。
部屋で踏み台昇降とスクワット、腕立て、腹筋、ブリッジなど、現地入り後初めて汗をかく。
3時にお迎え。
会場はホテルから目と鼻の先。
一面氷結した海の横にあった。
小さなライブハウスというか、ライブ・バーというか。
オリジナルECW時代、こういう会場でよく戦ったものである。

ECWのNYの聖地・クイーンズの会場に似ていました
若手たちが総出でリングを組み立てている。
S「アメリカの業者に頼んで作ってもらった」
日本のものより面積が小さくロープが高い、典型的な外国のリングだ。
作業の手を止め、若手たちが握手を交わしにやってくる。
みな、身体が大きい。
女の子ですら俺より断然大きい。
特に185センチはあるジェシカという女の子のデカさに驚いたが、よく見るとオカマであった。
試合開始は午後6時。

北欧ロマンを吹き飛ばす寒すぎる現実
その頃、猛烈な吹雪となり客足が遅いので開始を少々遅らせる。
6時半ごろ試合開始。
ベビーフェイス軍団が国歌斉唱しているところにヒール軍団が乱入するという、ベタだがもっともシンプルで分かりやすい王道な幕開け。
こういう「分かりやすい勧善懲悪」こそが、プロレスというショービジネスにおける基本中の基本である。
みな、月一の副業プロレスにしてはかなりイイ線いっている。
特に目を引いた選手は・・・いつかSMASHに来る日まで、あえてその名を伏せておこう。
俺とスターバックはメインで対戦。
彼のベビー人気は凄まじい。
それでも・・・俺の人気も、実は相当なものであった。
自分で言うのもなんだからこの程度にとどめておくが、ま、分かるでしょ?遠慮深いボクちゃんのこの書き方から、賢明な方は察してくださいな。
だってボク、The JapaneseBuzzsawだもぉーん!!
試合は20分ほどの死闘に。
最後は俺が敗れた。
このスターバックという男。ひょっとすると日本でもイケるかもしれない。
とにかく、カリスマ性はピカ一である。
握手し、ハグし、リングを降りる。
ショー終了後。
売店に置いたTAJIRIくんTシャツ(日本と同じ約3800円に設定)の売れ行きを見にいくと・・・何とたったの4枚売れただけ。
S「この国では、まだまだプロレスは人様がお金を落とすほどの産業ではない。うちらのシャツだって全然売れていない。それでも明日を信じ、俺たちは必死に頑張るのみなのだ!!」
よっ、さすがはエース!!
ちなみにこの夜はスターバックの知人らに高級レストランへ連れていっていただき、なんとトナカイの肉を口にしてしまいましたとさ。
●2月21日・ヘルシンキ→成田(日本時間22日午前到着)
昼過ぎまで寝る。
帰国便は午後5時半。
スターバックの車で空港へ。
T「家族はどこにいるの?」
S「カナダだ」
T「なんで一人でフィンランドで頑張るの?」
S「うーん・・・なんでかな。ついてきてくれる弟子たちがいるからかなあ。おっ、空港に着いたぞ。気をつけてな」
T「いろいろありがとう。また・・・日本で会えたらいいなあ」
S「またどこかで会おうぜ。じゃーな!!」
祖国を飛び出し、異国でプロレスを興し日々奮闘するスターバック。
要するに、彼はフィンランドの力道山である。
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新さすらい放浪記…韓国編その③
- 2009-12-29 (火)
- 新・さすらい放浪記
[2009年10月26日(月) 韓国・ソウル]
目を覚ますと、高い角度からの日光が部屋いっぱいに射しこんでいた。
どうやらすっかりお昼時のようである。
異様に腹が減っていた。
起き出し服を着こみ、すぐさま昼飯を食いに外へ出る(写真①)。
ホテルから一歩出ると、背広を着たサラリーマンやOL、作業着を着たおっさんらが、いかにも「食後でござい」と爪楊枝を咥えうろついている。
どこに入ろうかな?
海外でメシ屋をチョイスするさいのコツ。
アレコレ考えず、少しでも惹かれるものがあるお店なら迷わずサッと飛び込むこと。
詮索したところでどんなお店なのか分かるはずもないし、一度迷い始めるとその後もなかなか決まらず無駄に体力を消耗するだけだ。
というワケで、ホテル真横の小洒落た定食屋のようなお店に飛び込む。
「アンニョンハセヨ」
テーブルに着くと、オイキムチが大好物なのび太くんのお母さんのような顔をしたおばちゃんが気軽に挨拶をしてくる。
どうやら俺を韓国人と信じ疑っていないようだ。
壁に貼られたメニューを見ても…ハングルなのでチンプンカンプン。
とりあえず俺は隣の席でオッサンが啜っているスープを指差し、
「Please That one」
と、本当は得意でも何でもない英語をさも得意なように見せかけ(それだけは得意である)注文をこなす。
俺の独断だが、韓国の年配者はほとんど英語を話せない。
そんな彼らにカタコトとはいえ英語で話しかけてしまうことは、一瞬にしてこちらの立場を有利に導く秘策であることを経験的に知っている俺は実にイヤなやつである。
予想通り、助けを求めるように厨房へ向け頼まれた料理の名前を叫ぶおばちゃん。
これにて無事注文完了。
数分後、完璧なことに隣のオッサンのと同じスープが運ばれてきた。
柄の細い韓国特有の細長い金属製スプーンで中身を軽くかき混ぜてみると、豆もやしがドッサリとその上部を覆っている。
一口啜ってみると、ほどよい辛さで魚貝のダシがよく効いていた。
「うまい!!」
これはゴハンが欲しくなる…あれ?ゴハンがないぞ。
「Rice please」
俺の英語にすっかりビビッてたじろいでいるらしく、無理のある笑顔で小さく頷き返すのが精一杯なおばちゃん。
しばらくののち。
まっ白い皿が出てきた…。
「Rice please!!」
前回よりも気迫のこもった俺の注文に、おばちゃんは慌てながらも怪訝な顔でスープを指差し何か必死に説明している。
何だかよくわからないので、それでもゴハンをくださいと強引に押し通した。
しぶしぶと、ギンギラの蓋付き金属製茶碗を運んでくるおばちゃん。
そうそう、いいじゃないか。
ゴハンを一口パクつく。
スープを啜る。
パーフェクトなコンビネーションが軌道に乗りかけたそのとき。
「…ん?」
底の方から、ゴハンが姿をあらわした。
スープではなく、雑炊だったのだ(写真②)。
おばちゃんは、これを説明したがっていたのである。
なんだか無性に「負けた」感じがした。
それにしても俺の人生に、まさか韓国で雑炊をお供にゴハンを食う日がやってこようとは。
腹の中に炭水化物の充満具合を感じつつ、ホテルの部屋へ戻ってきたところで携帯にメールが。
【28日の後楽園、中止になりました】
さしたる動揺はなかった。
そうなる可能性の方が遥かに高いと分かっていたからである。
しかもそれ以上に、ハッスルが組織としてすでに機能していないことを、内部にいる俺はとっくに熟知していた。
キャンセルに伴い身辺が慌ただしくなることが予想されたので、中止に伴う必要最低限な処置を迅速におこなっておくに限る。
俺は当日後楽園へ発送してもらう手はずになっていたTAJIRIくんTシャツの発送先変更に着手した。
そんなこんなでアッという間に午後4時。
試合会場へ向かう時刻である。
5分ほど遅れてロビーに降りると、ルートゥが生意気にも腕時計に目をやりながら
「ファイブ ミニッツ レイトォォォ!!」
と、アメリカ人気取りの5流イングリッシュで叫んでくるではないか。
その英語、見せかけだけだってことは分かってんだよ!!…って、それはさっきの俺か。
会場はバスで20分ほどの距離。
オリンピックに使用された体育館で、WWEも韓国公演の際は同所を使用する馴染みのある会場だ(写真③)。

写真③…おそらく7000人は収容できます
我々外国人軍団を、カタコトの日本語が得意なWWA若手筆頭(実は若手が一人しかいない)キム・ミンホくんが控室まで案内する。
彼はプロレスリングNOAHに練習生として在籍していた時期があるので、日本のファンもご存知な方は多いであろう。
で、控え室。
壁には既に、本日の対戦カードが貼られていた。
「俺、今日誰とあたるんやろか?」
初めてとなる韓国での試合に、緊張を隠せない橋本選手。
相手はナントカというオッサンである。
このオッサン。
以前聞いた話では副業で相当稼いでいるらしく、韓国のホテル王とのことであった。
しかも前回の遠征で目にしたのだが、自らが経営するホテルの名前をガウンの背中に縫い込みちゃっかり宣伝しまくっているという、燃える商魂の持ち主でもある。
ただし、そのホテルはあろうことかラブホテルであると聞き
「なんて見境のない商魂だ!!」
と呆れ返った記憶があるのだが、そこは前述したとおりラブホテルとビジネスホテルの境界が曖昧な韓国のこと。
橋本選手にとって強敵であることになんら変わりはない。
そんな話で盛り上がっているところに、見覚えのある黒い巨漢が姿を現す。
「TAJIRI Saaaan!!」
ボブ・サップ大明神、堂々の光臨。
予想もしない異国で再会したとなると話もはずむ。
「今週は韓国。それが終わったら日本のIGFで、その翌週にはフランス、その次は南アフリカ。相変わらず、俺様は世界を股に掛けるインテリジェンス・モンスターだぜ、ガハハハ!!」(意訳)。
まさに、プロレス・スーパースター列伝に登場する騒々しい外国人を地でいくナイスガイだ。
その一方、控室の片隅で非道さんと円華クンが、呆然とした顔で何やら今しがた起きたことについて真剣に語り合っているではないか。
「どうしたんですか?」
「いやな…誰だか分からないオッサンがいま控室に入ってきてな、そこの誰かのカバンの奥の方にあった水を勝手に取り出して飲んで、またカバンに戻したんや」
「呆れましたよ…」
韓国、恐るべしである(写真④)。
おそらく何の説明もなしに、定刻より1時間近く遅れ試合開始。
橋本選手は例のホテル王相手に、第一試合で敗れてしまった。
しかもそれが酷い試合だったらしく、橋本選手自身「人生でいちばんダメな試合だった」と、このまま滝壺に飛び込んでしまうのではないかと思えるほどの凄まじい落ち込みっぷり。
「あんなヘタクソなヤツ、許されていいんですか!?」
オッサンの技量に相当な問題があったらしく、次第に怒りが込み上げてきたようだ。
「だけど橋本選手。あのオッサン、大金持ちのホテル王らしいよ」
「…マジっすか!?」
「ゴマをすってきます」と言い残し、オッサンの控室へ足早に消える橋本選手。
彼もまた‘‘列伝‘‘に登場してきそうな、素晴らしいキャラクターの持ち主である。
俺は試合巧者GENTAROを相手に、お互い基本技ばかりで15分ほど戦い抜き、辛くも勝利をおさめた。
それにしても驚いたのが、まるで壊れたギアでも取り付けられているかのように変幻自在で高速になったり低速になったりするレフェリーのカウントである。
なんでもない首投げで音速のようなカウントを取ったかと思えば、絶対決まるような大技でシャクトリ虫の歩みのように低速なカウントを入れるのだ。
しかもあとで判明したのだが、そのレフェリー。
勝手に水を飲んでカバンに戻したオッサンだったから、韓国プロレス界の底は知れない。
試合後の大宴会も毎度恒例(写真⑤)。
ホテルへ戻ると、俺はハッスル関係の処置で相変わらず大わらわだったが、隣のレザー・フェイスの部屋では非道さんを中心に、まだまだ宴が続いているようであった。
と、部屋の電話が鳴った。誰だろう、こんな夜更けに。
「ハロー?」
「…スリスリ」
「スリスリ?」
「…」
「スリスリ」とだけ言い残し、電話の向こうから男の声が聞こえてくることは二度となかった。
「スリスリ」とはいったい何なのか!?
ハッスルの今後のことも相まって、頭の中が混乱を極める韓国二日目の夜であった。
―続く
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新さすらい放浪記…韓国編その②
- 2009-11-22 (日)
- 新・さすらい放浪記
[2009年10月25日 韓国・ソウル]
これまで何度か韓国遠征を経験しているこの俺だが、WWAオフィスに足を踏み入れるのは今回が初めてだ。
「ドージョー トゥゥゥー!!」
英語を駆使し、得意な顔で皆にガイド的説明を試みるルートゥ。
彼の英語は実にシンプル。
「オフィスと同じ場所に道場もある」と言っているのだ。
ま、正直シンプルというよりも、ただシンプルに語学力不足なだけなのだが。
もっとも、そのことは他の日本人選手たちもとっくに察しているらしく、常日頃からネタ探しに熱心な(そんな気がする)GENTAROや若い円華クンなんぞは、ルートゥの一言一言に‘‘ニヤリ‘‘と、「正しい」反応を示し始めているようだなと、俺には感じられた。
「オフィス アンド ドージョー ヒヤアァァァー!!」(ジョン・トラボルタ風にビルを指差し)
重厚なビルの地下2階。
全面畳敷きの広々とした空間に、どこかで見たような日本一のメジャー感漂う色合いなリング(写真①)がデーンと鎮座している。
WWA道場。
韓国版鬼軍曹が「TAJIRIはこのリングに似合いませんね…出ていけ!!」と、竹刀片手に出現しそうな気がした。
現在、韓国のプロレスは人気凋落が凄まじく、最大手であるWWAですら年に1、2度のペースでしか興行を開催していない。
それでもこれほどの設備を所持し続けていることは、道場を持たない団体で溢れ返っている日本プロレス界の現状と比較し実に立派なことであろう。
全員笑顔で近寄ってくる。非道さんは以前も韓国にきているので、既知の選手と親しそうにハグを交わしたりしている。
「タジリサン オヒサシブリデス!」
「ヒドウサン オゲンキデスカ!?」
「ハジメマシテ ワタシハ キム トモウシマス」
あちこちで笑顔の挨拶が交わされる。
プロレスとは、リング上でいい試合をすればいいというだけのものではない。
遠征先の選手らと打ちとけ、信頼し合い、プロモーターの信用も勝ち取り、そういった人間的実績を積み重ねていく作業の末に気持ちよく仕事ができる‘‘人間力を披露し合うステージ‘‘なのだ。言うなれば、初対面の挨拶からプロレスは始まっているのである。
それにしても…照れながら挨拶を交わす橋本選手のぎこちない笑顔が、偏差値はあまり高くないが運動だけはやたら強い商業高校の柔道部員みたいでカワイすぎるぞ。
「チャチョウ ヒヤァ…ウウウゥゥゥー!!」
それまでノリノリだったはずのルートゥが、社長室の前までくると緊張のあまり腸捻転のような唸り声を発した。
社長室。
木製の巨大な机。
背後には、力道山と故・大木金太郎さんの巨大なパネル。
そのパネルに見守られているナイス笑顔の紳士こそ、WWA代表イー・ワンピョウ先生(写真②)その人である。
故・大木金太郎さんから「後継者」と認定された韓国プロレス界の第一人者。
簡単に言ってしまえば、大木さんが力道山ならワンピョウ先生はアントニオ猪木だ。
韓国における先生の大物ぶりをうかがい知ることのできる、あるエピソードをお一つ。
俺の大先輩である畠中さん(北海道でアジアン・スポーツプロモーションという団体を主催している)が韓国遠征したさい、その140キロはあろうかという巨体を目にしたソウル空港の入国管理官が「プロレス ノ カタデスカ?」と、流暢な日本語で尋ねてきた。
で、畠中さんが「そうです、ワンピョウさんの団体に出ます。彼のことはご存知ですか?」と問い返したところ、その管理官がピシッ!!と直立不動に姿勢を正し、
「イー・ワンピョウ センセイハ ワガ ソコクノ イダイナル レスリングノ センシュデス!!」と、興奮気味に敬礼したそうなのだ。
ま、もっとも畠中さんはこのエピソードを「人民サイボーグみてぇに、やたら格式ばった入管のおっさんがいてよぉ」と、完全なるネタ話として俺に披露してくれただけなのだが。
「ミナサン オツカレサマデス オゲンキデスカ!?」
社長室のソファーにうやうやしく腰掛け、先生による歓迎の言葉に耳を傾ける我々。
WWAのレギュラーであるレザー・フェイス以外のカナダ人二名は、初対面である先生に失礼のないよう恐縮しまくっているのが手に取るようにわかる。
そんな彼らの様子がおかしかったらしく、レザーが俺にこっそりとウインクしてみせた。
「ミナサン ショクジハ シマシタカ?」
ボスらしく、我々の腹の減り具合にまで気を使ってくれる先生。
前回遠征のさい、紫色のサナギのような生き物の料理を「タジリ クエ!!」と笑顔で半強制的に振舞ってくれたことを思い出した。
ちなみに先生を筆頭に、ほとんどのWWAレスラーズがカタコトの日本語を話すのだ。
「イート、レッツゴーゴーゴー!!」
先生は仕事でオフィスに残るというので、緊張感から解放されたルートゥが100万年の眠りから目覚めたチョコザイ野郎のようにハッスルする。
オフィス近くの焼肉屋。
近年韓国では牛肉の値段上昇が激しく、接待といえども食膳に並ぶのはブタ肉であることが圧倒的に多い。
この日も、ブ厚いブタバラ肉(写真③)。
しかしこれが鉄板で脂を落としつつカリカリに焼き上げると、見た目と違ってちっともシツこくないから不思議なものだ。
ごま油と塩でいただくと、いくらでも食い続けられそうである。
「やっぱり肉は塩がええのぅ」(非道さん談 with多量のビールと焼酎)。
バスがホテルへたどり着く頃には、旅の疲れから皆が無口になってしまっていた。
で、俺やレザーは以前の遠征ですでに知っているので驚きもしなかったが、他の選手らには衝撃的であったろうと思えるのがこのホテル。
ラブホテルなのだ。
韓国遠征は毎回ラブホテル。しかし、これが実に快適なんだなあ。
ベッドは大きいし風呂も広い。おまけにTVをつければ、24時間エロビデオが鑑賞できる。
「外国のラブホテルに住んでいたことがあります」だなんて、今後の人生で再就職のため面接を受ける機会があるとしたら、自己アピールにもってこいの特異な経験であると思うのだが、いかがであろう。
「トゥマーロ スリーオクロック ロビー…ヒヤアァァァー!!」
今日の仕事の締めくくり。
15年間歌い続けてもとうとう売れなかったヘビメタ野郎による魂のシャウトのように、試合地へ向かう明日の集合時間を皆に告げるルートゥ。
おのおのが大きなカバンを引きずり、女のいない部屋へ向かう。
8階のフロアに泊まるのは全員がプロレスラー。色気のカケラもないラブホテルだ。
3人は同時に横になれそうな大きいベッドにカバンを置き、部屋の中を物色する。
以前WWEで高級ホテルに泊まったさいもそうだったが、韓国のホテルはサニタリー用品の充実度がもの凄い。
とにかく、必要と思われるものは何でも揃え置きしてある。実に「もてなされているな」という気持ちにさせてくれる。
そう、「韓国はおもてなし文化の国」…なんて、善良庶民のブログにありがちなクソの役にも立たない名言が一瞬頭をよぎる。
しかしおもてなし文化の国とはいえ、俺が1日に最低でも3本は必要とするダイエットコークは当然用意されていなかった。
近くのコンビニへ。
ダイエットコークを2本と、袋に入った菓子を買ったら4000ウォン。なんだかムチャクチャ高かったような錯覚に陥る通貨レートである。
で、ホテルへ帰る道すがら。今回の旅で最も気になってしまうモノに俺は直面する。
ホテルの隣のビル。

写真④…爽やかな広告の向こうに、地獄の光景が広がっている
「November GrandOpen Park61GYM」
11月からオープンするジムの広告が大々的に掲げられているのだが(写真④)…
11月まであとたったの一週間しかないというのに、どう見てもまだ内装工事すら終わっていない様子なのだ。
中を覗いてみると案の定、つい先ほど爆弾が投下された戦場のように凄まじい荒れ果てよう。はたして11月まで間に合うのか?
日本では遭遇できない新鮮な刺激に満ち溢れている、それが海外である。
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新・さすらい放浪記…韓国編その①
- 2009-11-11 (水)
- 新・さすらい放浪記
[2009年10月某日~25日 日本→韓国・ソウル]
2009年10月下旬。
ハッスルは大揺れに揺れていた。
29日に予定されている後楽園大会を開催するのか、しないのか?
ギリギリ直前まで、判明しなさそうな雲行きだった。
政治的・財政的理由などが複雑怪奇に絡まり合い、
もはや解きほどくこと不可能な、タップアウト寸前状態に陥っていたのである。
そんなさなか、俺は自ら航空券を購入し、韓国遠征に出発せねばならなかった。
今回の遠征先である韓国のプロレス団体・WWAでは、外国人選手が自腹で購入したチケットで
来韓し、韓国でWWA側が清算するという、プロレス界では超異例のトラベルシステムが慣例となっている。
後楽園が開催される場合、25日に渡韓、26日に韓国で試合、27日帰国で、29日に後楽園、30日再渡韓で31日韓国で試合の1日帰国。
そのようなチケットの買い方をすればいいのだが、実はすでに
「最悪の場合、後楽園の前日キャンセルも有り得る」
可能性が浮上してきていたため、もうどうしたらいいのかチンプンカンプン。
チケットを買うに買えない状況のまま、とうとう遠征前日を迎えてしまった。
結局、台所でソウメンを湯がいている最中に神のお告げを受信し
「25日から一週間、韓国にステイする。後楽園が開催されるなら、その分の帰国用Eチケットを大急ぎで日本から送ってもらう」
という実にシンプルなアイデアがひらめき、一週間FIXで成田⇔ソウルのチケットを購入することで落ち着いた。
ちなみに出発前日に購入すると緊急発券手数料なるものが生じるそうで、
同行する他の選手らと同じ便だというのに、その値段は彼らのモノに比べかなり割高となってしまった。
ま、航空代はWWAが支払ってくれるからいいものの、俺だけビジネスクラスを購入したなどと思われてしまった日には
イメージダウンもいいところである。ズルズル…湯がきすぎたな。
さて、韓国へ同行する他の選手とは、‘‘BAD BOY‘‘非道、GENTARO、橋本友彦、円華の4人。
皆、金村キンタロー先輩の側近メンツである。なぜ偶然にもそんなメンツが集まったかというと、
これが実は必然のことであり、WWAの日本人ブッカーはここ数年、金村さんが引き受けているからなのだ。
俺もこれまでWWAには、金村さんのブッキングで何度か遠征させていただいている。
そんなわけで、いざ韓国へ旅立つこととなった。
2年ぶりの韓国。さあ、あとは出発を待つばかり!!
ところが俺は、この二日前に帰ってきたばかりのポルトガルと比較し(ポルトガル編は韓国編の次に!)
「たかだか隣の国」
と余裕ブッこいていたため、当日朝まで荷物をまったくまとめておらず、
家を出る直前に慌ててまとめ電車へ飛び乗ったはいいものの、経由地の新宿では成田行きの特急が全くない時間帯に
直面してしまい、飛行機に乗り込んだのが出発数分前という間一髪のアクション活劇を演じてしまう。
さらに座席がエコノミーの一番前だったため、おそらく後方に乗ってはいるのではあろうが他の選手の姿を確認することもできず、
はたして本当に皆が乗っているのかどうかもわからないまま、アンニョンハセオな機上の人となったのであった。
そんなカンジで落ち着かないまま、飛行機は着々とソウル・インチョン国際空港へと向かう。
搭乗前のドタバタですっかりくたびれ果ててしまった俺は、いつしか眠りに落ちていた。
目が覚めたのは、なにやら食い物の匂いを感じ取ったからである。
パソコン画面のように横長の四角い顔をしたスチュワーデスさんが、機内食を配膳し始めていた。
すでに俺の列には配られたあとで、左右両隣りの乗客たちが幸せそうに機内食を口にしている様子が、横眼の視界に半分ほど入ってきている。
と、俺が起きたことを目ざとく発見し、後ろの列に配膳していたパソコンが、俺の顔を覗き込みに戻ってくる気配ではないか。
こういうとき俺は必ず、まだ寝ているフリを決めこむことにしている。
なぜかというと
「機内食が食いたくて食いたくてたまらないヤツ」
と思われるのが、絶対にイヤだからだ。
おそらく誰もそんなことは思わないのだろうが、
「機内食が食いたくて食いたくてたまらないヤツ」
と思われてしまうことは、俺の人生において『死』を意味する。
仮に一瞬でもそう思われてしまったら、俺はその場で腹を切る。
今後の人生でも決してそのように思われないよう、最善の注意を払って生きていこうと決意を固めている。
閉じた瞼が、パソコンの去って行く気配を感じ取る。
「♪チャラララン!」と、画面を閉じるときのメロディーが、一瞬耳元でこだましたような気がした。
そんなこんなで、隣席で胃腸の弱そうな韓国人が爪楊枝で歯グソをこそぎ落とす
「チッチッチ・・・チュッチュッチュッ!!」という、不快極まりないサウンドとの格闘こそあったものの
(おまけに着陸寸前に屁をこいたようで、さりげなく身体を揺さぶり臭気を周りに拡散させていた)
飛行機は無事インチョン国際空港へ到着。
入国手続きも難なく終わり、荷物のターンテーブルまであっという間に到着したのだが、あまりのスムーズさに
他の日本人選手の姿をまだ確認できていないまま、人を待つことの大嫌いな俺は、一人出口のゲートをくぐってきてしまった。
お迎えは…いた!!
MC・Root(写真①)。
一見、若くして浮浪者に落ちぶれたダメ人間のように見えるが、これが実際ダメ人間である。
カタコトの英語と日本語を駆使する彼は、韓国・WWAの裏方筆頭。
レフェリーではないものの、ハッスルでいえば野口大輔(決して、野口さんがダメ人間というわけではない)のような存在だ。
俺とはかれこれ3年来の付き合いである。
ちなみに、すっかり本名だと信じ込んでいた韓国人ぽくない彼の名前について、この数日後に衝撃の真相が明らかとなるのだが、それはまだ先のお話し。
「タジリ、ゲンキデスカ!?otherニホンジン?」
他の日本人はどこだ?という意味である。
「Maybe coming soon 元気!?」
「ウウウウウウゥー!!」
俺が抱きつくと、笑顔で苦しそうな唸り声を発する。
照れたときや返答に窮したとき、ルートゥは必ず
「ウウウウウウゥー!!」
と叫ぶのだ。
と、他の日本人たちも全員到着。
俺の隣にいるルートゥを浮浪者と勘違いしたのだろう。
訝しげにルートゥを観察する彼らの視線を、俺は決して見逃さなかった。
その後、空港で他の外国人選手らと合流。
カナダからは旧知のレザー・フェイス(二代目)とケニー・ラッシュ&ネルソン・クリード(この二人は初対面)。
アメリカからはなんと、ボブ・サップがすでに来韓しているという。
国籍入り混じるマイクロバス。
宿泊先であるソウル市内へ向け、いざ出陣。
ただしその前に…韓国WWAのオフィスへ立ち寄っていくという。
そこで我々を待ち構えているお方こそ、韓国ではアントニオ猪木級の知名度を誇る超有名人、
イー・ワンピョウ先生(WWA代表)その人なのである。
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