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人生は飄々と生きて行くのが風流です。SMASHは風流でした。


『週刊 矢郷論説委員長のSMASHコラム』
最終回
ニュースの焦点

いよいよ、SMASHも3.14後楽園ホールで最終回を迎えます。

いままでプロレス界で無くなかった団体は多々ありますが、このような解散の仕方をするのは初の団体だと思います。

オルタナティブな団体として誕生したSMASHでしたが、最後までオルタナティブな終わり方で、倒産や分裂でなどと違い、誰かの都合ではなく、自らの意思を持って、終わりとするところが粋で、次の新しい可能性を感じられずにはいられません。

プロレスとは大衆芸能だと誰かが言ってましたが、それは違うと思います。

プロレスとは総合芸術です。

それをTAJIRIさんは、敏感にメキシコ、アメリカで感じてこられたのでしょう。

芸術というのはビジネスの比率が少なく、思考重視の表現活動です。
TAJIRIさん達はそっちの振り幅に大きく舵を切ったということでしょう。

総合芸術という言葉は、映画のことを表すときにも使われる言葉です。

私が思うに、映画に例えたらSMASHは、デビッド・クローネンバーグやブライアン・デ・パルマの作品みたいな感じでした。

ハッスルから派生したので、ジェームス・キャメロン的思考かと勘違いされてましたが、私が参加してみたら、全然カルト思考で、私もカルト思考ですから、TAJIRIさんと波長が合い、死霊のはらわたなどの監督、サム・ライミやエル・トポなどの監督、アレハンドロ・ポドロフスキー、ラス・メイヤー好きの私に、本当に好きにやらせてくださいました。

また、映像班の太田さんは若いスタンリー・キューブリックみたいな人で、SMASHに多大な影響を与えていました。
私もまた太田さんと気が合い、影響を受けました。

SMASHに集まった人々は一癖も二癖もある選手やスタッフばかりて、毎回、“儲からなくてもいいから狂った映画をつくろう”みたいな世界でした。

人生は現実として、喰っていかなければならないので、お金の問題に必ず当たりますが、見栄を張らず、贅沢さえしなければ、自分の意思を通すことはできるもんなんです。

ガツガツして「サクセスしようぜ!」みたいな人種はSMASHの選手、スタッフには居ませんでした。
だいたい、有名に成りたい、金持ちになりたいみたいなセンスではプロレスなんかできないと思います。

この世の中がギクシャクしているのは、人々の見栄と贅沢の欲望に歯止めが効かないからなんです。

人生は飄々と生きて行くのが風流です。

SMASHは風流でした。

今回でSMASHは最終回ですが、今後もこの風流人達の活躍は続きます。

また、どこかで皆さんとお逢いしましょう。
とりあえず、3.14にて暫しのお別れをしたいので、皆様どうぞ、後楽園ホールにお集まりいただき、一緒に、“大お別れパーティ大会”をしましょう。

最後に日本で最も風流だった、前田慶次さんの「無苦庵記」の引用をしてお別れです。

抑 この無苦庵は、孝を勤むべき親もなければ、憐れむべき子もなし。

こころは墨に染めねども、髪結ぶがむずかしさに、つむりを剃り、手のつかい不奉公もせず。
足の駕籠かき小揚げやとはず。

七年の病なければ三年の艾も用ひず。

雲無心にしてくきを出ずるもまたおかし。

詩歌に心なければ、月花も苦にならず。

寝たき時は昼も寝、

起きたき時は夜も起きる。

九品蓮台に至らんと思ふ欲心なければ、

八萬地獄に落つべき罪もなし。

生きるまでいきたらば、

死ぬるでもあらうかとおもふ。

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