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ジョーさん、ジョーさん…また会えるだなんて


12/11 SMASH11、ジプシー・ジョーが久々の来日をはたします。

もうとっくに引退しているはずでしたが、テネシー周辺のインディーシーンにときどき出没しているそうなのです。

ご存知な方はほとんどいないと思われますが、ボクとジョーさんはとても深い間柄。

初めての出会いは、まだボクがIWAジャパンの新人時代。

いまや伝説と化しているIWAジャパン・川崎球場大会で引退セレモニーをするため、同団体CEOであったビクター・キニョネス(ボクのプロレス人生最大の恩人。SMASHの大会では、つねに本部席に写真が飾られています)がジョーさんを日本へ招いたのです。

そのさい、ボクたち若手にコーチをする目的で、ジョーさんは2か月ほど滞在しました。

で、身の回りの世話をこのボクが仰せつかった、と。

言うなれば、短期間ながら付き人関係だったワケです。

そのときは単なる新人程度にしか思われていなかったと思いますが。

それから5年ほど経ち。

プエルトリコで久々の再会を果たします。

ジョーさんの生まれ故郷であるプエルトリコで引退セレモニーをしていないことに気付いたビクターが、その機会をもうけジョーさんを招聘。丁重にもてなしていたのでした。

すでにECWで全米に知られていたボクと再会し、ジョーさんはとても感激してくださいました。

「おお、IWAジャパンのグリーンボーイ。キミの活躍はずっとテレビで見ていたぞ!!」

このときはジョーさんとクレイジーの3人で、ビクター家の一室で2週間ほどを共に過ごしました。

一緒にツアーを周り、一緒にメシを食い、一緒に酒を飲み、ときには明け方まで話をしました。

それ以降・・・

ジョーさんの名前を耳にすることは、パッタリとなくなりました。

きっと、プロレスとは全く関係のない人生を送っているものと思っていました。

ところが・・・

『放浪の殺し屋』

と呼ばれた男は、まだこの世界(プロレス界)を放浪していたのです。

ほんの一か月ほど前、ユージーンから電話がありました。

「おい、聞いて驚け!いまジプシー・ジョーと一緒にいるんだ!いまだに現役らしいぞ。お前がSMASHという団体をやっていると話したら『どうしても行きたい』と言いだしたんだ!!」

来日直前の12月2日、ジョーさんは77歳の誕生日を迎えます。

このさい、綺麗事抜きに、正直なところをスッパリ言わせていただくと・・・

日本でジョーさんの雄姿を目に出来るのは、これが最後だと思います。

ボクにとっても、ジョーさんに会えるのはこれが最後だと思います。

2010年の年の瀬に、ジプシー・ジョーとTAJIRIが再会し、リングの上で相まみえる。

これは、ひとつの奇跡だと思うのです。

12/11 SMASH11

プロレスを愛するすべての人たち

日本ではおそらく最後となるであろう

『放浪の殺し屋 ジプシー・ジョー』

の戦う姿

しっかりと、脳裏へ焼き付けにきてください。

こんな奇跡を与えてくださり、プロレスの神様に感謝いたします。

JCBは終わったばかりですが、この言葉をもう一度、どうしても口にしたい気持ちでいっぱいです。

―感動だよ、人生は―

きょうの昼下がり、うちの前の公園をごん太くんとお散歩しながら、ジョーさんとの思い出をあれこれ青空に想い描いておりました。

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